Mixed Juice

はじめて参加させていただいた

ジャニーズWESTさんのLIVE、Mixed Juice。

一生忘れられない景色と愛を頂いて。

そんなツアーが無事に全38公演終了して

出荷完了したようなので、

私にとっての重岡大毅さん、ジャニーズWESTさんの尊さ、存分に語ってみようかなと。

勝手に。思ってみました。はいー。

 

関西人だからこそデビュー前から知ってて。

eighterだったこともあり余計に。

でも大阪にいた時はテレビ付けたら当たり前にいて、いつも、この人たちおもしろいなー赤色の真ん中のやたら歯が多い人カッコイイなぁくらいにしか思ってなかった。

でも、

大学生の時、なにもかもがわからなくなって

もう逃げ出そうと、消えようと、そう思っていた時、ふと、彼の笑顔が浮かんだんです。

歯がいっぱいのエクボが素敵な笑顔。

でも、ただのイケメンアイドルの笑顔って感じじゃなくて。いっぱい考えて頑張って乗り越えてきた笑顔って感じの笑顔。

その時に、こんな素敵な最高の笑顔を見せてくれるそんな人がいる世界ってハチャメチャに美しくね!? ってなって、

この人もこんなに頑張って乗り越えてきたからこそこんなに笑えるなら、自分もいつか笑える日がまた来るかもって、もう少し生きてみようって思えて。気づいたら新しい実習地で新しい友達ができて、そしたらなんか夢もできて、夢に向かって頑張ってたらなんとジャニーズWESTさんに会えて、んでなんとなんと重岡さんご本人に ありがとう って想い伝えられてニコってしてもらえて。そしてまさかのまた会う約束まで頂けて。

今、本当に、心の底から、生きててよかったって、しあわせだ! たのしい! って叫べます。

 

時に、「笑って泣いて忙しなく叫ぶ君の心は頑張っている証拠だよ」って励ましてくれて、時に、「間違っちゃいないよな」って寄り添ってくれて、時に、「最高最大の物語カラフルになれって、君は主役」って夢みさせてくれて。

彼が、彼らが、いなかったら、私もこの世にいなかったかもしれない。


それが私にとっての重岡大毅さん、ジャニーズWESTさん。尊いでしょ?

彼らに貰ったでっかい愛を、患者さんに届けられるように勉強も実技もがんばります。

 

ありがとう

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卒業

高知に来て4年が経った。

卒業式が行われた。

 

でも、私は卒業できなかった。

 

人と話すことが苦手で友達もうまく作れず

独り に耐えきれず

課題もテスト勉強も論文もやり方わからん

高校の時のようにはいかない。

 

とうとう逃げだしてしまった。

 

家族はもちろん、

合格発表のとき泣いてくれた高校の親友たち、

主席で卒業できるくらいがんばるって約束した

高3の担任の先生。

 

みんなに申し訳なくて、こんな人間生きてちゃ

ダメだって思ったことも何回もあった。

 

でも、その度に救い出してくれる人がいた。

 

いっぱい色んなこと経験してきて

力強い言葉をくれるバイト先の大人たち、

 

学年変わっても仲良くしてくれた学部生、

 

年上でも関係なく受け入れ接してくれた

実習班のメンバー、

 

そして、どんなときも変わらずほぼ毎日

一緒にいてくれた大親友。

 

そんな人たちがいてくれたから私は今も

しぶとく生きています。

 

看護師、助産師になる

って夢もみつけられました。

 

わたしも何年かかるかわからないけど、

いつか袴を着れるように

これから受験勉強がんばってみます。

 

本当に卒業おめでとう。

 

 

過ち

 

今日は、わたしが過去に冒した過ちの話。

 

 

 

緊張の面持ちで迎えた中学生。

 

期待と不安を胸にいざ蓋を開けてみると

絶望 の2文字がそこにはあった。

 

3つの小学校から集まってきていて、

全6クラス。

 

自分のクラスで同じ小学校で

仲良く話したことある子は

1人しかいなかった。

 

ぼっちになりたくない。

その一心でその子にすがりついていた。

 

そして、その子が仲良くなった子、

そして更にそこから仲良くなった子、

合計5人でいわゆる「いつメン」だった。

 

でも、そのうち2人はバド部で固まっていて

基本は3人。

 

わたしは人見知りで口下手で臆病者だから

奇数になるといつも1人になってしまう。

 

そのときもそうだった。

 

だけど、その2人についていかねば

入学早々ぼっちになる。

 

入学して2週間でいじめが起きるような

中学校だったから

はじまったばかりなのに不安しかなかった。

 

だから、2人に無理やり話を合わせた。

 

そのうち、

2人は悪口ばかり言うようになり、

公園の遊具に落書きし、

挙句の果てには、1人の子を無視していた。

 

ホントは嫌だって言いたかった。

 

そんなことしちゃダメって言いたかった。

 

無視されてる子と仲良くしたかった。

 

だけど、こわかった。

 

今度は自分が無視されて嫌がらせされる。

 

それがとてもこわかった。

 

だから、できなかった。

 

加担することも、逃げることも、

なにもできなかった。

 

ただただ傍観することしかできなかった。

 

いまはすごく後悔している。

 

あの時いじめられる覚悟で助けなかったこと。

 

傍観者はいじめてるのと一緒だ。

 

本当にそうだと思う。

 

3年生では馴染めないクラスになってしまい、

とうとうぼっちになっていた。

 

1年生のとき恐れていた未来だった。

 

でも、きっと、あの時の過ちが

自分に返ってきていたのだろう。

 

高校受験に真剣に取り組んでいたから、

昼休みも塾の宿題をしたりしてた。

 

周りから「ガリ勉w」とよくからかわれた。

 

担任の先生には三者面談で親の前で

「喜怒哀楽がなさすぎる。

なんでみんなと仲良くしないの?w」

と笑われた。

 

不登校 の選択肢が当時は無く、

毎日必死で耐えていた。

 

親にバレないように作り話をしたり、

平気なフリをして過ごした。

 

そんな思い出したくもない中学生生活。

もちろん、成人式も行かなかった。

 

一生に一度の成人式。

出れなくて悔しかった。

親に申し訳なかった。

 

けど、それ以上に中学校の同級生に

会いたくなかった。

 

もっとたのしい中学生生活送りたかった。

 

でも、どんなに悔やんでも

もうあの頃には戻れない。

 

1年生のときに冒した過ちが3年生になり

返ってきた。

 

ぜんぶ自分が悪い。

 

嫌なことは嫌だって、

間違ってることは間違ってるって、

声を大にして言えなかったから。

 

1年生のときに助けていようがいなかろうが

どっちみち3年生はぼっちだったかもしれない。

 

だけど、助けていたらきっともっと

清々しい気持ちで堂々といられただろう。

 

いまもこんなに悔やむことはなかっただろう。

 

これからの人生はもう二度と同じ過ちは

繰り返さない。

 

これがわたしのこれからの目標の1つ。

 

あの時の過ちを反省し、

あの時の苦しみを経験値にし、

これからの人生を作っていく。

 

嫌なものは嫌だとはっきり言う。

 

自分の身を1番に守りすぎて

周りを見落とさない。

 

もっと周りの人を大切にする

 

そう決めた。

 

だから、人の役に立てる職につきたい。

誰かの支えになれる人間になりたい。

 

たかがバイトだと思う学生は多いだろう。

だけどバイトでも、いかに喜んでもらえるか、

気持ちよく食事してもらえるか、

マニュアルの範囲内で自分になにができるのか

常に考えて接客するように心がけている。

 

「ありがとう」

 

その言葉が自分の支えになっている。

 

あの時できなかったこと。

いまはできているかな。

 

少しでもあの時の償いになってるかな。

 

悪いことしたらぜんぶ自分に返ってくるんだよ

 

 

 

 

ピーリカピリララポポリナペーペルト!

いまのわたしがあるのは

沢山の作品と出会ったから。

 

その1つ、最も影響を受けたのが

おジャ魔女どれみ

 

放送開始は1999年。わたしはまだ1歳。

でも、親がほぼ全部のシリーズ、

ビデオテープに録画しててくれて。

 

身体が弱くてしょっちゅう熱だしてたわたしは

寝込むたびにどれみちゃんを観て

元気をもらってた。

 

小学生くらいまでは観てたかな。

けど、時代はビデオテープからDVDに

なっちゃって、あんまり観ることがなくなった

 

あの大量の

ビデオテープももう捨てられちゃったのかな。

 

おジャ魔女どれみ は過去の思い出だった。

 

それが、今年、

20周年を迎えて、映画も公開された。

 

最後に観てから10年以上経ってるのに、

当時はこどもだったから理解できることも

少なかったはずなのに、

先日、全話無料配信を観たら

懐かしい気持ちでいっぱいになった。

 

ストーリーはもちろん、主題歌や挿入歌も

ぜんぜん覚えてた。歌えるくらい。

 

ちいさい頃は、ただただ

 

かわいい、おもしろい、魔法すごい、

どれみちゃんみたいになりたいなぁ、

 

くらいにしか思えなかったけど、

いまはもっともっと楽しめる。

 

ただの魔法使いのお話 ではない。

 

不登校の子を支えたり、

 

魔法使いに憧れている白血病の女の子を、

亡くなる前に魔法使いにさせてあげたり

 

親に本音が言えず窮屈な思いをしていたり

 

幼い頃に離婚してしまった両親をどうにか

仲直りさせて再婚させようとしたり

 

卒業したらみんなと離れてしまう、

このしあわせな時間が終わってしまう、

そんな不安や恐怖と戦っていたり

 

いまの自分にすごく刺さる話ばかり。

 

特に、最後、今までずっと一緒にいた仲間が

みんな夢を追いかけて遠くに行ってしまう時、

どれみちゃんが泣いて格闘するシーン。

 

みんなのこと大好きだから応援したい、

だけど、寂しい。

「なんでみんな私から離れていくの?」

「わたしのこと好きじゃないの?」って。

 

このシーン、いまの自分と一緒。

 

なかなか友だちが出来なくて、

憧れてたキャンパスライフなんて送れなくて

いつも1人で行って、1人で授業受けて、

1人でお昼たべてた。

 

信頼して心の支えにしてた地元の友だちも

新しい友だちができてしまって

帰省しても遊んでくれなくなった。

LINEも返ってこなくなった。

 

そんなときに出会えた親友や仲間。

いっぱい助けられた。

 

だけど、親友とはもうすぐお別れ。

 

仲間たちとは自分のわがままで勝手に抜けて

離れてしまった。

 

なんで自分はこんなに人付き合いが下手くそ

なんだろう。

いつも思ってる。いまも思ってる。

 

でも、どれみちゃんみたいに

誰にでも優しく、素直に、笑顔でいたら、

きっと魔法がかかってくれて、

いつか、しあわせになれるのかな。

 

マジカルステージかかってくれるかな。

 

この先、不安ばかりで苦しいけど

どれみちゃんたちに勇気をもらえた。

 

ひとりじゃない。きっと。

 

いっぱい泣いちゃう作品だけど、

夢と希望もくれる。それがおジャ魔女どれみ

 

わたしの青春。

 

放送はもう終わってしまって、

続編もきっと無くてDVDも少ない。

おジャ魔女どれみ は過去の思い出。

 

だけど、もう絶対に忘れない。

ずっと心の中に居続けてくれる。

 

つらいことがあったり、立ち止まったときは

この気持ちを思い出そう。

マジカルステージを信じよう。

 

全話みかえしてそう思った。

よりおジャ魔女どれみが大好きで大切なものに

なった。

 

いっぱいいっぱいありがとう。

 

ハッピー、ラッキー、みんなにとーどけ!

 

 

 

センター

わたしは幼い頃からアイドルが大好きだ。

 

小学校

低学年では、ラブandベリー

 

中学年になり、きらりんレボリューション

 

高学年にAKB48

 

たくさんのキラキラしたアイドルをみて

いいなぁって憧れて育ってきた。

 

「後悔」という言葉がだいっきらいで

しないようにいいとこ探しして生きてるけど

たった一つ「後悔」を持ってしまっている。

 

それは、アイドルにならなかったこと。

 

AKBのオーディションを受ける機会

何度もあった。

NMBのオーディションは地元で身近だった。

乃木坂の1期生だって知ってた。

 

だけど、びびって受けなかった。

どうせ私なんて…ってネガティブな気持ちも

あったけど、それよりも今いる「居場所」が

なくなるのがとてもこわかった。

 

中学生の時、

実際に身近にNMB48になった子がいた。

その子と同じ学校だった子はその子の悪口

いっぱい広めてた。

知り合いではなかったから真相は知らない。

だけど、知り合いだった子達はみんな嫌ってた。

 

アイドルになったら、芸能人になったら、

今いる「居場所」が無くなってしまう。

みんなに嫌われてしまう。

それを恐れてしまった。

 

本当は「居場所」なんて無かったのに。

 

もちろん、

アイドルにならない人生を選んだから

楽しかった女子高生活も留学生活も

高知での一人暮らしもあった。

最高の出会いもたくさんした。

 

だけど、やっぱり思ってしまう。

アイドルだったらなぁって。

 

あの神7と呼ばれてたAKBのメンバーたちは

当時19.20だった。

あっちゃんなんか21歳で卒業した。

 

同じ年、まだ自分はあんなに輝けてなかった。

 

同じ日本で生きてるはずなのにこうも違うか。

 

いっぱいいっぱい落ち込んで

いっぱいいっぱい考えた

 

それでね、わかったんだ。

 

アイドル以外でも輝いてる人はいっぱいいる

ってことを。

 

一生懸命働いてたり、勉強してたり、

スポーツしてたり、病気と闘ってたり、

 

わたしから見てキラキラしてるなぁって人は

いっぱいいる。

 

キラキラした人たちで世界は溢れてる。

 

自分もキラキラしたいなぁ。

 

アイドルのセンターにはなれなくても

誰かの中の、どこかの中の、

センターになってみたい。

 

この人になりたい! 憧れる!

そう思ってもらえるセンターになりたい。

 

センターって誰しもがなれるチャンスがあって

それを活かす方法は努力しかない

 

そう思って生きてみることにするね。

 

そしたら「後悔」は薄れるかな。

 

でも、やっぱり生まれ変わったら

今度は絶対アイドルになろう。

 

 

 

死ぬために生きる

何度も死にたいと思ったことがある。

 

多額の奨学金という名の借金を作って入学した大学も不登校からの中退。

 

いま目指している看護師の夢も結局また奨学金、借金が増えることになる。

 

不登校の中退 なんて就活もろくにできやしない。

 

ほんとにこれから生きてけんのかなぁって不安しかない。お先真っ暗。

 

だから、死にたい って思ってた。

 

でも、ほんとはまだやりたいこといっぱいある。

 

このまま死ぬのはやだ。後悔が残る。

 

だから、いい人生だったなぁって思って死にたいし、人生やりきりたい。

 

だから、とりあえず先のことは一旦置いといて(現実や未来から逃げて)

自分のやりたいこと、行きたいところ、食べたいもの、全部かなえてから死ぬ。

 

そのために今は生きる。とことん生きる。

 

他からみたら怠け者にしか見えないかもしれない。

また、馬鹿にされて笑われて居場所が出来ないかもしれない。

 

そう考えたら少しは不安だけど、でも、自分の味方でいてくれる人知ってるから。

信用してるから。だからだいじょうぶ。

 

車の免許とってドライブに行く、登録販売者の資格とる、

いっぱい医療の勉強して、あ、高校の勉強もやり直したい。

特に現役時代できなかった理系。

 

温泉旅行にも行きたいし、ディズニーも行きたい(制服ディズニーまだ許される?)

 

しゃぶしゃぶもお寿司もピザも食べたい。和食の懐石料理も食べてみたい。

 

こうやってやりたいこと書き出してたら、

もうちょっと生きてみるのもありだな って思える。

 

だからまだまだわたしは生きるよ。

死にたい って口癖、また言っちゃうかもしれないけど。

まだまだ生きるよ。

 

とりあえず今日もバイトいってきます

 

 

訳も分からず言いなりになってたあの頃

ちっちゃい頃から いい子いい子 されて育った。

欲しいもの、食べたいもの、そんなの我慢。遠慮はマナー。

 

人見知りがひどく、公園の遊具とかは他の子どもがいると遊べない。

 

小学校でも、背筋をピンと伸ばして座り、手はお膝の上。

分かる問題は率先して手を高々と挙げる。

帰りの支度はいつも一番。掃除しない男子には注意。

 

中学生くらいまではそれが当たり前だと思ってた。

生きてくってそういうことなんだって。

教えられた偏見が偏見であることもわからず見た目で人を判断していた。

 

でも、高校生になって一人の時間もできるようになり、

女子高の空気にのまれて、海外留学もしてそこでやっと間違いに気がついた。

 

いや、間違っちゃいないか。間違っちゃいないんだけども…

でも、自分の生きたい人生ってこんなんじゃないなって。違和感に気づいた。

 

だから今はあの頃とは全然違う生き方してる。たのしい。

泣くことも消えたいと思うこともあの頃よりは増えたけど、傷も増えたけど、

でも、その傷を見るたびに「あぁ、生きてんだなぁ」って思う。

 

自分の意志で行動したほうがいいよ って話。